地下鉄「霊園前」の痕跡を探せ!①

「霊園前駅」から「南平岸駅」に名称変更したのが今から23年前の1994年。地下鉄南北線の開通と同時に霊園前駅が開業したのが1971年ですので、霊園前駅が存在した年数と南平岸駅が存在した年数は今年でちょうど同じということになります。

 

未だに「霊園前」と呼ぶお年寄りがいる一方、大学生以下の若い世代は霊園前駅の存在を知りません。

 

とはいっても、平成に入ってからの駅名変更ですので、その痕跡は容易にたどることができる・・・と思っていました。


昭和53年頃の平岸火葬場(現平岸プール)
昭和53年頃の平岸火葬場(現平岸プール)

そもそも、駅名変更の経緯は1984年に平岸火葬場(現平岸プール)が里塚に移転したのがきっかけになります。

 

地域住民から「縁起が悪い」「住宅地のイメージが悪い」という声が出始め、平成元年に町内会連合会と商店街が札幌市長と市議会に対し連盟で駅名変更の要望書を提出しました。

 

しかし標識板の変更など多額の経費がかかることを嫌って札幌市は難色を示していました。

 

風向きが変わったのが、1994年の地下鉄東豊線の延長開業。豊水すすきの駅から福住駅の開業に合わせ標識板を変更するため、ついでに霊園前駅の名称も変更されることになったのです。商店街などから「地理的な位置がはっきりとわかる」という理由で出された「南平岸」に決まりました。

 

それから23年。今でも「霊園前」の痕跡は残っているのでしょうか?

 

続きはこちら→地下鉄「霊園前」の痕跡を探せ②

 

※お彼岸に振り返る南平岸ー霊園城下町物語(関連記事)

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コメント: 2
  • #1

    蝦夷ほい (火曜日, 09 5月 2017 23:20)

    火葬場があった当時の陵陽中学校の授業中の記憶。南西風の火葬場方向からの風の場合、火葬場の煙が独特な臭いがしていたのと、近くの養鶏場の臭いも合わさったりと、夏場でも窓は開けられませんでした。

  • #2

    道新りんご新聞 (水曜日, 10 5月 2017 17:25)

    体験者ならではの貴重なコメントありがとうございます。火葬場の臭いはきつそうですね。平岸だけでなく、札幌も宅地化が進んで、養豚や酪農などが郊外へ追いやられていったわけですが、その実情がわかる気がします