豊平区でもあった札幌空襲②防空作戦室と空襲警報

解体前の防空作戦室(札幌市平和バーチャル資料館より)
解体前の防空作戦室(札幌市平和バーチャル資料館より)

月寒中学校の裏手に、2011年に完成した最上11階建ての国家公務員宿舎「月寒東住宅」が立ち並んでいます。ここには2008年に解体されるまで巨大なコンクリート造りの重々しい建物がありました。北部軍管区司令部防空作戦室です。太平洋戦争の開戦に先立つ1941年8月に着工され、翌42年10月に竣工しました。

 

北海道・樺太・千島諸島の航空情報を収集し、命令・指揮をするための作戦室として建てられました。

1トン爆弾に耐える厚み1メートルを超える壁や、全体が二重構造の耐弾式構造が特徴で、同様の施設は全国に7カ所ありました。

作戦室の復元CG(札幌市平和バーチャル資料館より)
作戦室の復元CG(札幌市平和バーチャル資料館より)

 

ここには当時、情報表示燈という高さ7メートルもある巨大なディスプレイが備え付けられていました。

北海道・樺太・千島列島の監視隊から受信した敵機情報が入るとディスプレイに赤ランプが点滅。その飛行機の航跡を判断して、高射砲に迎撃命令を出していました。また、警戒警報や空襲警報もこの地下作戦室からNHKのラジオを通じて発令されました。

 

終戦の1ヶ月前となる1945年7月14日から15日にかけて、登別の沖合に展開していた米軍航空母艦13隻から延べ3,000機以上もの艦載機が北海道の主要都市に向けて発進。これを察知した各地の監視隊から続々と防空作戦室に敵機情報が寄せられていました。15日早朝には、そのうちの一群が札幌方面に向かい、防空作戦室から札幌地区に空襲警報が発令されました。

 

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